溢れた言葉
こんにちは。職場で「ゴキブリを3種類飼っている」とカミングアウトしても意外と受け入れてくれる素敵な職場が明日で閉館します。寂しい。
実は今のバイト先が初めてのバイト先(派遣、日雇いではない)で、結構良い経験をさせて頂きました。
お客さんの年齢層が本当に赤ちゃんからご年配まで幅広くて、いろいろな人と接してきました。
エレベーターを降りると皆様からのメッセージがびっしり。
最初は木を作ってそこにメッセージカードを貼っていこうって感じだったのですが、初日でほとんど埋まり、今は隣の壁までびっしり貼ってあり、ついにはエレベーターのボタンを隠すくらいまでびっしりです。
このびっしりと寄せられたメッセージを見てて、結構良さそうな物語を思いつきました。
今年7月末に「霜月村のテトル」という物語を作り、りくと一緒に絵本にしていくつもりですが、実は三部作になっていて、次回作のアイデアを考えていた所、「これ行けそうだな」っていう刺激をもらいました。
「はっさくの研究室(テトラボ)」では既に共有していることなのですが、「言葉」についての物語になります。
今日はそんなサロン記事を公開したいと思います。2019年も残りわずか。伝えたいことは綺麗な言葉で伝えよう。
===
2019年12月26日(木)
▷▷▷
なんだかこのコミュニティが僕のメモ代わりになってしまっていてそれだけだと面白くないので、今みんながやってることや、思ってることをもっと気軽に吐き出してほしいなと、ずっと思ってるはっさくです。(みんなFacebook全然見ないよなw)
はい、ということでまたメモします。
前回の「言葉の木」の話の続き。
僕が働いている職場があと3日で閉店になるのですが、そこには感謝の言葉が溢れています。
メッセージカードは木を埋め尽くし、ついに隣の壁やエレベーターのボタンを隠すほどに「想い」が溢れています。
さっきから僕は「溢れる」という表現を使っていますが、本当にその通りだと思っていて、「言葉って溢れるもの」だと思っています。
いや、そもそも溢れるものは感情で、溢れた結果が言語に置き換わってる。
つまり、感謝の感情が溢れると、「ありがとう」っていう言葉が出てくるし、逆に憎しみの感情が溢れると怖い言葉になる。
溢れたものに嘘はなくて、なんか僕のイメージ的にはほんとに涙と同じような感覚なんですよね。
目頭が熱くなって涙が溢れるように、あれって基本的には嘘じゃなくて、止めようがないですよね。勝手に溢れちゃう。
これがすごい素敵だなって思って、
うちの職場で言うと、メッセージカードは強制じゃなくて、入り口に置いているだけでお客さんが勝手に書いてくれるもので、やっぱり溢れたものなんだな〜って感じました。
「ありがとう」とか「好き」っていう言葉で溢れてて、読んでると泣きそうになってくるんですよね。
溢れた言葉に嘘は無くて、めちゃくちゃ綺麗。
さらにあと数日という期限付きの言葉って価値があるな〜って思いました。
言葉って面白いし素敵。
===
「溢れた言葉に嘘はない」
明日で最後の出勤!
ありがとうございました!