プラットフォームと発信の行為を一致させろ

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 おはようございます。チャンネル登録者数がようやく300人に到達して、「やっとかー」と思ったのですが、よく考えたら「めっちゃ少ねぇ」と思ったはっさくです。(地道に頑張っています)

 

 

 さて、12月になりまして、毎日ブログ更新もこの記事を含め残り12記事となりました。感慨深いもので、去年の今の時期は、冒頭申し上げたチャンネル登録者数が2桁の時期で、そう思うと、「増えたなぁ」とは感じます。

 

 そんなことを懐かしく、去年の記事等を読んでいるのですが、なんか、「きもい」ですね笑

 

 なんというか、読みにくいというか、面白くないというか。あと、書く内容も変わってきた気がします。

 

 以前までは、1日の流れで「こんな事があったよー!」みたいな日記のような記事で、最近はどちらかというと、考察?というか深掘りというか、そのような記事が増えたように感じます。(最近というか、コロナが騒がれ始めたくらいから)

 

 2ヶ月前くらいに、友人に、「ブログ読みやすくなったねー」と言われて、言われた当初は、「おー文章力上がったかなー」とかぼんやり思っていたのですが、どうやら「記事の内容」も関係してそうです。

 

 多分、「日記」は本当に興味が無くて、「読みにくい」というか、「別に読みたくない」が近い気がしています。(お前の1日なんて興味ねーよなので)

 

 一方、「考察」とか「深掘り」系は、意外と参考になる事もあったり、「そういう視点もあるのか」という気付きの場でもあったりするので、「日記<考察」っていう位置付けはあながち間違いではないと思います。

 

 「アウトプットありきのインプットである」ということは、このブログを始めた当時から承知の上だったのですが、インプットの濃度が少し濃くなった気がします。(面白い記事は、自分が読み返しても「面白いなぁ」と思うので)

 

 これが多分「読みやすくなった」の正体だと思います。

 

 あとは単純に、改行の頻度が減った事、言葉使いの変化などが挙げられますが、特に顕著なのは「言葉使いの変化」だと思います。(あと言葉のチョイスね。「顕著」とか言葉は知ってたけど去年は使わなかった)

 

 具体的に言うと、「話し言葉」から「書き言葉」に少し移行した感じがします。

 

 もちろん、今でも「誰かに話すように書く」を意識してやっていますが、とはいえ、このブログを受け取る人は「読む」という行為しかありません。

 

 つまり、受け手側からすると、「読んでいる」のに、「話されても」受信し辛いんですね。

 

 「読み物なら、書き言葉ベースにしろ」だし、逆に、ラジオだったら「聞く」という行為に対して、発信者側が「書く」という行為だと、なんだか聞き苦しく感じてしまいます。

 

 「書く」→「読む」

 「話す」→「聞く」

 

 ここが、一致してないと、受信者側が気持ちよく受信できないということです。

 

「誰かに話す」を意識しつつ、ただ、あくまでも、発信のプラットフォームが「読み物」である限り、「書く」というベースが必要で、これを乖離させないように気をつけなければなりません。

 

 「プラットフォームと発信の行為を一致させろ」という事です。

 

 無意識でしたが、これも「読みやすくなった」要素の一つであると考えます。

 

 読み物を「話し言葉」でうまく伝えることが出来る人は多分相当な上級者だと思います。(キングコング 西野さんとかがそうかも)

 

 というわけで、あと11記事ですね。とりあえず突っ走りたいと思うので、これからもよろしくお願いします。

 

 それじゃあ、また明日!

 


【生き物飼育】カメやカエル、熱帯魚などを飼育する人のメンテナンスルーティン

 

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